未来のための名刺管理

 ビジネス上の出会いは毎日多くある。この出会いをうまく活かすためには名刺管理が大事だ。名刺管理などはしなくても大丈夫だという人もいるようだが、とんでもないことである。名刺は宝の山である。ご縁を頂いたその時には役に立つことはなくてもそれが数年後に大いに役立つこともあるのだ。今役立つかそうでないかで判断するのは誤りである。
机上のスペースを有効に活用していくことが何より重要になっていくのでしょう。名刺管理の方法を模索することも大切なのです。文房具用品の進化はとてもすごいものです。電子機器にも応用が出来るため、可能性が膨らむことでしょう。名刺管理の必要性を説いていくことも重要ですね。管理体制の徹底さも注視してほしいですね。
 東日本大震災で大津波にのみ込まれて殉職した警察官の避難誘導で助かったという宮城県岩沼市の会社員、鈴木和美さん(26)が5日、県警仙台南署で会見した。仙台市若林区の海に近い交差点で、「内陸に行け!」という大声で誘導を受けたという。鈴木さんは「助けていただいた命なので、悔いのない生活を送っていきたい」と涙ながらに話した。

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 殉職したのは同署荒井交番の故渡辺武彦警部(58)=当時は巡査部長、2階級特進。鈴木さんは3月11日の大地震直後、岩沼市の保育所に長男尋也(ひろや)ちゃん(1)を迎えに行こうと、仙台市宮城野区の職場から海に近い県道を沿岸と平行に車で南進していた。すると、荒浜地区の交差点で警棒を回しながらマイクを使わず「内陸に行け!」と大声を張り上げる渡辺警部に出会った。誘導に従い、車を内陸側に右折させた。しばらくすると背後に津波が迫り、車を乗り捨てて仙台東部道路の盛り土を駆け上がって一命を取り留めた。尋也ちゃんは避難していて無事だった。

 鈴木さんはその後、インターネットのサイトで渡辺警部が遺体で発見されたことを知った。避難誘導していた交差点の西約100メートルの場所で家具の下敷きになって見つかり、制服姿でヘルメットをかぶっていたという。

 命を助けてくれた渡辺警部に感謝を伝えたいと、鈴木さんは今月3日、尋也ちゃんら家族と生花を持って荒井交番に弔問に訪れた。会見では、「渡辺さんがいなかったら、まっすぐ行って津波にのみ込まれていた。渡辺さんがいて今の私がいる」と涙をこぼした。

 県警を通じて生花を受け取った渡辺警部の妹(56)は「一人でも多くの命が助かったと思うと、兄の行動は立派だったと思う」と話したという。

 県警によると、住民の命を守ろうと避難誘導などに当たっていた警察官11人が殉職(5日現在)したという。【須藤唯哉】


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 津波で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の無職、後藤賢一さん(72)が5日、一日も早い復興を願って自宅の庭にこいのぼりを掲げた。

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 同市鹿折(ししおり)地区にある自宅は津波で浸水。市内では多くの人が亡くなっており「今年はやめようか」とも考えたが、「こいのぼりは本来、子供たちに元気になってもらうためのもの。見てくれた人を勇気づけよう」と思い直し、4匹のコイと「がんばれ鹿折!!気仙沼」と書いた長さ3メートルののぼりを飾った。

 のぼりにメッセージを書いたのは孫の菊地桃依さん(10)と、弟と祖母が行方不明になっている友達の佐々木陽さん(9)の2人。震災後、元気が無かったという桃依さんの弟新君(5)は大空を舞うこいのぼりの姿に笑顔を見せた。【幾島健太郎】


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 大津波で壊滅的な被害を受けた宮城県気仙沼市で、犬の訓練所を経営する斎藤由美さん(52)は犬28匹を無償で預かっている。飼い主が自宅を津波で流されるなどして飼えなくなったペットたちだ。「ペットも家族。寂しい思いをさせたくない」。訓練所に身を寄せている知人の会社員、鎌田猛さん(38)一家とともに、飼い主と離ればなれになった犬の世話をしている。

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 斎藤さんは05年、山間部の同市松崎上金取に訓練所を設け、飼い犬を預かり「トイレトレーニング」などをしている。ボランティア活動にも興味があり、10年3月に市の「防災対策協力企業」に登録、地震があったら被災者の犬を無償で預かることにしていた。

 震災時、訓練所では食器が落下し、コンクリート製の床に幅5センチ、長さ5メートルのひびが入った。「犬をおいて逃げられない」。とどまっていると、客として親交があった鎌田さんの妻、明美さん(41)と長女の愛美(まなみ)さん(15)が犬3匹を連れて軽乗用車でやってきた。

 自宅は床上浸水し水道も電気も使えず、3匹も連れて避難所にも行きづらい−−。そんな事情を聞かされた斎藤さんは犬を預かり、一家には訓練所内にあったキャンピングカーに寝泊まりしてもらっている。その後も、犬を預けに来る人が増え、今では鎌田さん一家も世話をしている。

 朝6時に起床し、鎌田さん一家、夫の会社員、勇二さん(52)と5人で分担し、犬を1匹ずつ散歩に連れていき、スキンシップを図る。餌はボランティア団体から寄付された。犬は環境変化のストレスで食べなかったり下痢をしたりすることもあるので、注意深く見守っているという。

 犬がほえるなどして周囲から苦情を言われ、仕方なく避難所を出る被災者も多い。「期限は設けず、自宅を再建するまで世話をさせてもらいます」。斎藤さんは、預かった犬が飼い主とともに暮らせる日が来るのを切に願っている。【畠山哲郎】


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